
伊香保の一少女、加藤ミドリさん(当時12歳)から届いた夢二へのファンレターで、夢二は伊香保を知りました。少女からの手紙に対し夢二は心優しい返事を書きました。
それから8年後、夢二がはじめて伊香保を訪れたのは大正8年6月のことでした。
不思議なめぐりあわせによりその往復書簡は現在、記念館にそろって展示されています。
当時は、大正時代を象徴する『宵待草』が日本中で歌われ、夢二の名は不動のものとなっていました。その時の旅が夢二にとって印象的だったのでしょうか。
夢二はそれから、伊香保・榛名をこよなく愛するようになりました。
特に、昭和4年から6年にかけて、夢二は榛名湖のほとりにアトリエを建て、さらにそこを産業美術学校にしようと考えました。そしてその実現のために多大な情熱を傾けましたが、残念ながらその思い半ばにしてこの世を去ってしまいました。
竹久夢二伊香保記念館は、夢二の伊香保を愛した心にこたえ、昭和56年5月に建設されました。ここでは夢二の遺した作品、夢二に関する研究調査、そして彼の夢であった産業美術学校の理念(生活と美術を結ぶ考え)の具体化をすすめております。
■ 主催:渋川市●共催:竹久夢二伊香保記念館/伊香保温泉観光協会
●後援:伊香保温泉旅館協同組合/渋川市伊香保商工会/伊香保温泉観光振興協議会/高崎市(榛名支所)/榛名観光協会/高崎市榛名商工会
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